9.補正された数値の評価

9. 補正された数値の評価
9.1 フィルタリングの与える影響
 これまでのところで,補正の方法について検討を行ない,現在最も妥当と考えられる補正方法を示し,個々の補正の精度についての評価を行なった。このようにして説明した補正のうち,フィルタリングは,普通の意味での補正とはやや異なる性格を持っているので,この点について,再度確認しておく。

 フィルタリングは,低振動数あるいは高振動数の誤差を取除くという意味では,補正と呼んでも妥当である。しかし,地震動がフィルタにより影響される振動数範囲に成分を有しているときは,誤差とともに地震動そのものの成分を取除いてしまうという点で,逆に,別の形の誤差を導入しているのである。したがって,フィルタリングを行なう前の波形に含まれる誤差と,フィルタリングを行なって新たに導入された誤差の大きさの大小関係によっては,フィルタリングが誤差を増大させる場合もあり得る。例えば,関東大地震(大正12年9月1日)に伴なう地殻変動の観測値では,相模湾岸から房総半島にかけて,水平方向には2〜5m程度,上下方向には1〜2m程度の大きさの静的な変位が見られた31)。しかし,仮にこの地震動を相模湾岸で観測したとして,この記録に対してフィルタリングを行なえば,このような静的な変位は,ほとんどゼロとなってしまう。フィルタリングによって補正された補正波形が無条件に真の波形として取扱えないのは,この例によってもわかる。

フィルタリングにより達成できる目的は,実は真の波形を求めるというところからは一歩後退したもので,与えられた加速度波形から最大限の情報をとり出すというものである。具体的には,加速度波形に含まれる振動数成分のうち,信頼できる成分の範囲を定め,この部分のみを取出すということを目的としている。したがって否定的に言えば,真の波形(例えば真の変位波形)を求めることは,外から何らかの情報が補われない限り,断念していると言える。フィルタリングが普通の意味での補正とはやや異なる性格を持つと言ったのは,このような事柄を指している。もちろん,フィルタによって取去られる振動数の範囲に,地震動の成分がほとんど含まれていない場合には,フィルタリングは低振動数の誤差を取去るだけであるから,フィルタリングがあらゆる地震波形に対して悪影響を及ぼすというわけではない。しかし,フィルタリングの影響には,十分注意する必要があると思われる。

 補正値はこのように,フィルタリングによって取出された"信頼できる成分"のみから成る。しかし,6.記録の数字化とその精度において検討したように,数字化における誤差は全ての振動数範囲に広がり,この"信頼できる成分"にも含まれている。 ただ,その含まれる割合が小さいだけである。したがって補正された数値を利用する場合には,フィルタリングの影響と同時にフィルタリングによって取出された部分に含まれる誤差の大きさについても,例えば,変位波形を利用する場合には考慮する必要がある。

9.2 補正波形
(1) 補正加速度
(刀H SMAC-B2強震計の記録の場合
 SMAC-B2強震計の記録の場合には,既に述べたように,計器特性を補正して求めた波形の10Hz以上の成分をフィルタリングにより小さくしている。ただし,フィルタによる補正は必要最小限にとどめた方が波形を人工的にゆがめる度合が小さいので,10Hz以上50Hzまでの成分もゼロとしてはいない。図-9.1に,フィルタリングにおいて使われるフィルタを示す。ただし,低い振動数成分を取去るフィルタの部分は,この図には,固定フィルタ法において用いられるフィルタを示した。(式(8-8)参照)この図を見ればわかるように,10Hz以上の成分が地振動に優勢に含まれていなければ,補正加速度はほぼ真の値と見てよい。しかし,地震動に10Hz以上の成分が優勢に含まれている場合には,フィルタの影響により,真の値よりも小さいことが予想される。

図-9.1 SMAC-B2強震計の記録のフィルタリングのためのフィルタ



(刀泱dRS強震計の記録の場合
 ERS強震計の記録の場合には,既に7.9フィルタリングにおいて述べた通り,高い振動数成分を取除くフィルタは使わない。使うのは,低い振動数成分を取除くフィルタのみであり,全体として,フィルタリングにおいて用いるフィルタは図-9.2に示す通りである。ただし,低振動数成分を取去るフィルタは7.9フィルタリングで説明した計器特性の形のフィルタと固定フィルタ法において用いるフィルタとの合成を示した。なお,ERS強震計では,ガルバ・ボックス振動によるノイズが十数Hz程度にあらわれる場合が時にあるが,この点を除けば,ERS強震計の記録の補正波形は,おおむね真の加速度波形を忠実に再現していると言える。

図-9.2 ERS-C強震計の記録のフィルタリングのためのフィルタ


(2) 速度波形
 一般に,加速度波形から求めた速度波形は,変位波形を求める場合と比べれば,フィルタリングの影響が小さい18),24)。したがって,変位波形と比べれば,良い精度で真の波形を近似していると思われる。

(3) 変位波形
 加速度波形から求めた変位波形は,多くの場合フィルタリングの影響を著しく受ける。図-8.5図-8.6に2回積分との合成でフィルタを示した通り,波形をゆがめる程度を最小限とするための配慮はされているものの,2回積分と合成したフィルタのピークとなる振動数が人工的に卓越する可能性は,依然として残されている。したがって,得られた変位波形において,2回積分と合成したフィルタのピークの振動数の成分が卓越している場合には,真の変位波形とは異なっている可能性が大きい。

 真の変位波形とは異なる変位波形の持つ意味は,求めた変位波形が真の変位波形のうちのある性質を持っているということである。具体的には真の変位波形の持つ振動数成分のうち,ある振動数範囲の部分を取り出したものにほぼ等しい。したがって,考慮する対象をある振動数以上の振動数範囲に限ってもよい場合には,このようにして求めた変位波が,真の変位波の代用品として使える。

 この振動数範囲は,できるだけ大きくすることが,変位波形利用の汎用性という点で望ましいが,いたずらに大きくとれば誤差が卓越するようになる。フィルタはこの両者のバランスの上に決められる妥協の産物とも言えるものである。したがって,特に真の変位波形が非常に小さい場合には,誤差が求めた変位波に占める割合が非常に大きくなる恐れもある。この点で,補正された加速度波形の場合とはやや異なってくる。

9.3 補正加速度を入力とする応答計算
 フィルタリングは,既に繰返して述べているように,加速度記録に含まれる成分のうち,信頼できる振動数の範囲を限定する。したがって,補正された加速度を入力として応答計算を行なう場合にも,応答計算に影響の大きい振動数範囲としてどの程度の範囲を対象とすべきかを検討しておく必要がある。

 このような検討の参考とするため,"真の加速度"の例として,ホワイトノイズからなる加速度を考え,これに対する一自由度一質点系の応答の大きさと,ホワイトノイズにフィルタをかけた"補正加速度"に対する一自由度一質点系応答の大きさとを比べた。応答の大きさとしては,応答波形の2乗平均値を取った。計算は周波数領域で行なった。質点系の減衰定数は,1%,5%,10%の3つとした。低振動数成分を取除くフィルタは,既に述べた2種類があり,しかも一方のフィルタはパラメタを含んでいる。しかし,フィルタの形としては,おおむね同様と見なせると判断し,検討結果を図示するのは,固定フィルタ法で用いられるフィルタH1(f)(式8-8)のみとした。

(1) 長周期の質点系の応答
 まず,図-9.3に真の加速度波形に対する補正加速度波形の振動数特性を示す。ERS-C強震計の記録の補正加速度の振動数特性の方が,SMAC-B2強震計の記録の補正加速度の特性よりも,ややフラットな特性になっている。これは,ERS-C強震計の計器特性にあわせたフィルタを,ERS-C強震計の記録の補正では補なっていることにより,固定フィルタ法で用いたフィルタでふくらんだ部分がちょうど打消されたためである。しかし,いずれにしても,ERS-C強震計の記録の場合と,SMAC-B2強震計の場合で,長周期の質点系の応答の検討結果が著しく変わることはないと判断した。ERS-B強震計の場合は,この両者の中間的な性質を持つ。以上のことから,長周期の質点系の応答の検討は,SMAC-B2強震計の記録の補正加速度特性についてのみ行なうこととした。

図-9.3 補正加速度の低振動数における特性
(フィルタリングのためのハイパスフィルタ)


 図-9.4図-9.6に,それぞれ絶対加速度応答比,相対速度応答比,相対変位応答比を示した。減衰定数によって多少の相違はあるものの,おおむね図-9.3に示した補正波形自身の特性と一致していると言える。定性的にこれら両者が一致するのは計算を行なわなくても推測できるが,その一致の程度を確認するために,このような検討を行なったわけである。

図-9.4 補正加速度を入力とする絶対加速度応答の特性


図-9.5 補正加速度を入力とする相対速度応答の特性


図-9.6 補正加速度を入力とする相対変位応答の特性


(2) 短周期の質点系の応答
 図-9.1にSMAC-B2強震計の記録の補正加速度の真の加速度に対する振動数特性を示し,図-9.2には,ERS-C強震計の記録の補正加速度の場合を既に示した。ERS-B強震計の記録の場合にも図-9.2とほとんど変わりない。ERS強震計の記録の場合には,このように短周期の質点系の応答は正確に計算することができる。

 図-9.7〜図-9.9にSMAC-B2強震計の記録の補正加速度について,真の加速度に対する応答の大きさとの比を,それぞれ,絶対加速度応答比,相対速度応答比,相対変位応答比として示した。10Hz付近では,やや応答の小さくなる傾向のある点が重要である。減衰定数による違いや,特に変位応答が高振動数において差がでるということの定性的な解釈は,それぞれ,質点系の振動数特性を考えれば明らかであるから説明は省略する。

 最後に,(1),(2)に共通するホワイトノイズの仮定について補足する。地震加速度波形は,ホワイトノイズとは周波数特性がかなり異なるが,質点系の振動数特性は,固有周期の両側では増幅度がかなり落ちるので,この程度の減衰定数の質点の応答には,ホワイトノイズを地震波の代用品として使っても大きな支障はないものと思われる。

図-9.7 SMAC-B2強震計の記録の補正加速度を入力とする絶対加速度応答特性


図-9.8 SMAC-B2強震計の記録の補正加速度を入力とする相対速度応答特性


図-9.9 SMAC-B2強震計の記録の補正加速度を入力とする相対変位応答特性


(3) 応答計算を行なう上での注意点のまとめ
 以上の確認により,補正された加速度に対して応答計算を行なう上での注意点は次のとおりである。

(刀H SMAC-B2強震計の記録の補正加速度の場合
1.計算を行なうことのできる固有周期の範囲
〇固定フィルタ法による補正波形の場合
  約0.1秒〜約4.5秒
〇フィルタ付きパラメタ法による補正波形の場合
  約0.1秒〜約2/fc
ただし,fc(Hz)はフィルタのパラメタ(式(8-9)参照)
2.固有周期0.1秒付近の質点の応答は,やや小さめになる可能性がある。その程度は,1割減程度である。

(刀ァ ERS強震計の記録の補正加速度の場合
1.計算を行なうことのできる固有周期の上限
〇固定フィルタ法による補正波形の場合
 約4.5秒以下
〇パラメタ付きフィルタ法による補正波形の場合
 約2/fc秒以下
ただし,fc(Hz)はフィルタのパラメタ(式(8-9)参照)
2. サンプリングの間隔が,0.01秒である記録の場合には,おおむね0.03秒程度が計算できる最小と固有周期と思われる。なお,このような短周期の質点の応答を計算する場合には,時間領域で計算する場合には振動数成分をみださない補間方法を用いる必要がある。振動数領域で応答計算を行なう場合は問題ない。

(唐H 固定フィルタ法とパラメタ付きフィルタ法の補正値を応答計算に用いる上での比較
 一般的には,パラメタ付きフィルタ法により補正された加速度を用いることが望ましい。その理由は,1つは位相の回転がないこと,もう1つは信頼できる成分を地震波ごとに適当であると思われる範囲に選ぶ性質が加味されていることによる。

(唐ァ 計器特性補正およびフィルタリングを行なう前の加速度を入力とする応答計算との比較
 2次補正(計器特性補正とフィルタリング)を行なう前の加速度を入力とする応答計算を行なう場合は,フィルタリングが施されていないので,計算を行なってはならない振動数の範囲を定めるのは,計算を行なう当事者の判断にまかされる。しかし,特に長周期の固有周期の質点系の応答計算の精度は,一般的には保証されない。また,SMAC-B2強震計の記録の場合には,0.2秒程度かこれ以下の短周期の質点系の応答は,計器特性により,真の値よりも小さい値となる傾向がある。


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