7. 記録の補正
(2) 補正の項目
7.1 補正の項目と補正の順序
(1) 誤差の項目
地震計に加えられた加速度が数字化されるまでの過程をこれまで説明してきた。この過程で、様々な誤差が混入する可能性がある。これらの誤差をもれなく列記するため、数字化までのプロセスと対応させた形で、表-1.1と表-1.2に示した。それぞれの項目の意味については、これまで説明してきた事項から、ほぼ明らかであると思われるので、ここでは説明を省略する。
数字化までのプロセスで含まれる誤差は、これらの表によりすべて列挙したつもりであるが、さらに補正のためのプロセス自身で混入する誤差のあることにも注意しておく必要がある。
表-1.1と表-1.2にあげた誤差を補正するためには、その大きさや性質を何らかの形で知る必要がある。そこでこれらの項目を、改めて補正の手がかりについて分類しなおしたものを、表-7.1に示した。
この表では、誤差の項目がどのように分類されたかを示すため、表-1.1、及び表-1.2に示した誤差の項目の項目番号を使って、その対応関係を示した。それとともに誤差の種類に対応する補正の項目を示した。ただし、大きさや性質が現在のところ不明な誤差の項目を除いてある。
大きさや性質が不明であると判断した項目のうち、SMAC-B2強震計の振子特性の仕様からのずれについては、検討された例がある15),16)。しかし、検討の対象とされた強震計が1台であるので、この1台の例についての検討結果が、どの程度すべての地震計についてあてはまるのかが必ずしも明らかではない。この理由により、大きさや性質が、末だ明らかにされていないものとして取扱った。
誤差の種類に対応する補正の項目で、ブランクとなっているものは、補正を行なわないことを意味する。その理由を、それぞれの誤差の種類について以下に説明する。
(刀H 記録紙の送りむら(SM.3及びER.5)
記録紙の送りむらを補正する方法としてはタイムマークの間隔を読取ることにより補正する方法が一般的であると思われる。ところが、7.7 時間間隔補正において説明するように、記録紙の送りむらの大きさは、タイムマークの間隔の読取り誤差とほぼ同程度に小さい。したがって、仮に、タイムマークの間隔の読取値をもとに補正を行なっても、逆に誤差を増大させる恐れもある。そこで、送りむらの誤差の補正は行なわない。
(刀ァ ガルバノメータ・ボックスの振動(ER.3)
ガルバノメータを支えるボックスの振動は、ボックスに固定されたダミーのガルバノメータによって記録されるので、原理的には補正できる。すなわち、このボックスの振動波形と加速度波形を同じ記録紙のセッティングの状態で数字化して、両者の差を求めることにより補正される。しかし、加速度波形の読出し点の時刻と、ボックスの振動波形の読出し点の時刻を正確に一致させるのは困難である。しかも、ボックスの振動は十数Hz程度の高振動数成分が卓越する場合が多いので、このような時間差が補正の精度に鋭敏に影響する。そこで、標準の補正のプロセスとしては、この誤差の補正を行なわないこととした。
(唐H 記録紙の送りの立上り(ER.6)
ERS強震計の記録紙の送りの立上り(記録紙の送りが始まってから一定速度に達するまでの特性)の誤差は、実用上十分に小さい。このことは0.1秒ごとに水晶発振器によって発生するタイムマークによって、多くの記録について確認された。そこでERS強震計の記録の場合には、記録紙の送りの立上りの補正は行なわないこととした。なお、立上りの誤差が小さいことの原因の一つとして推測されることは、光源からの光が波形を記録するに十分な強さになるまでに多少時間がかかるため、この時間内に一定速度に達してしまうということである。もちろん、この時間は非常に短くおおむね10-1秒のオーダーであると思われる。
S M A C | B 2 強 震 計 の 記 録 |
|||||
SM.1 | 振子の特性 | S.2 | 仕 様 | 計器特性補正 | |
SM.2 | 記録紙の送りの平均速度の仕様からのずれ | S.6 S.10X S.12X | タイムマーク | 時間間隔補正 | |
SM.3 | 記録紙の送りむら | S.5 S.11X | タイムマーク | ||
SM.4 | 記録紙の送りの立上り | S.4 | 検定結果 | 記録紙送りの立上り補正 | |
SM.5 | 記録紙の蛇行と用紙セッティングの誤差 | S.7 S.11Y S.15 | 固定線 |
固定線補正 | |
SM.6 |
円弧書きとペンの片寄り | S.8 S.9 |
仕様と円弧の記録 | 円弧補正 | |
SM.7 | Y軸設定の誤差 | S.16 |
地震波の性質 | 区分的ゼロ線補正 | |
SM.8 |
数字化装置とオペレータの読取り誤差 | S.13 S.14 S.17 | 検定結果と地震波の性質 | フィルタリング | |
E R S 強 震 計 の 記 録 |
ER.1 | 振子の特性 | E.2 | 仕 様 | 計器特性補正 |
ER.2 | ガルバノメータの特性 | E.4 | 仕 様 | ||
ER.3 |
ガルバノメータ・ボックスの振動 | E.6 | ボックスの振動波形 | ||
ER.4 | 記録紙の送りの平均速度の仕様からのずれ | E.9 E.11X | タイムマーク | 時間間隔補正 | |
ER.5 | 記録紙の送りむら | E.8 | タイムマーク | ||
ER.6 | 記録紙の送りの立上り | E.7 | 検定結果 | ||
ER.7 | 記録紙の蛇行と用紙セッティングの誤差 | E.10 E.14 | 固定線 | 固定線補正 | |
ER.8 | Y軸設定の誤差 | E.15 | 地震波の性質 | 区分的ゼロ線補正 | |
ER.9 | 数字化装置とオペレータの読取り誤差 | E.12 E.13 | 検定結果と地震波の性質 | フィルタリング |
以上で、補正を行なわない誤差の種類についての説明をおわる。最後に、ERS強震計の記録の補正の項目で表-7.1に掲げなかった項目を追加する。項目の名称は、「平滑化」とする。ERS強震計の記録の数字化におけるサンプリングの間隔は、ERS-B強震計の記録の場合0.005秒、ERS-C強震計の場合0.0025秒である。これまでに得られた記録のうち、最も高い卓越振動数を示すものの例(M-106)では、20数Hz程度の卓越振動数であった。
この例から見て、サンプリングの間隔は最終的には50Hzまでをカバーできる0.01秒間隔とすれば十分であると思われる。数字化において、この間隔よりずっと密なサンプリング間隔を採ったのは、数字化における50Hz以上の誤差を地震波形から分離することをねらったためである。平滑化は、この50Hz以上の成分を取除くことを目的として行なう。
この平滑化により、データを0.01秒ごとにまびいても、50Hz以下の成分に50Hz以上の成分の誤差が重なるということがなくなる。平滑化は、内容としては、フィルタリングに含まれるが、後に説明するようにその方法と、補正の順序において占める位置が、フィルタリングとは異なっているので、ここでは独立した項目として追加した。
以上、補正の項目をあらためて列記すれば、次のとおりである。
○SMAC-B2強震計の記録の補正の項目
計器特性補正
時間間隔補正
記録紙送りの立上り補正
固定線補正
円弧補正
区分的ゼロ線補正
フィルタリング
○ERS強震計の記録の補正の項目
計器特性補正
時間間隔補正
固定線補正
区分的ゼロ線補正
フィルタリング
平滑化
(3) 補正の順序
7.2 固定線補正
なお,先に触れた数字化装置のアームの蛇行については,ピアノ線とテグスとを数字化装置上に直線になるように張力を加えて固定し,それぞれの直線をトレースすることにより,アームの蛇行はほとんどないことを確認した経験があることを付け加えておく。
ただし,区間端において,区間端からの距離がt0(sec)より小さい範囲では,区間端からの距離S(sec)に対応して,式(7-1)において,α=5/S2のようにαを決めなおして移動平均を行なうこととした。
補正の順序を考えるには、それぞれの補正の方法の性質のうち、順序を決定するために必要な性質を明確にする必要がある。そこで、ここでは、補正の順序を決定するために必要な性質について必要最小限触れながら、補正の順序を説明することとする。
(刀H SMAC-B2強震計の記録の補正の順序
計器特性補正は、正しい時間間隔で与えられたデータを扱うものとする。したがって、時間軸に関する補正、すなわち、時間間隔補正、記録紙送りの立上り補正、円弧補正は、計器特性補正の前に行なっておく必要がある。
フィルタリングとの順序関係は、周波数領域で考えれば明らかなように順序交換可能である。残る項目の固定線補正と区分的ゼロ線補正との順序関係については、一まず保留しておく。
時間間隔補正は、時間に比例したパラメタを持つデータから補間により、一定時間間隔(0.01秒間隔)のデータを求めるものとする。このパラメタとしては、記録紙上のX座標(時間軸座標)が考えられるが、SMAC-B2強震計の記録の場合、このX座標は、円弧書きのために時間に比例していない。したがって、時間間隔補正に先だって円弧補正を行なっておく必要がある。ただし、ここで行なう円弧補正は、記録ペンの片寄りも含めて、円弧書きを直線書きに補正するものとする。
記録紙送りの立上り補正は、直線書きに補正された波形をもとに、記録紙の送りの立上り部分について、補正を行なうものとする。このような方法であれば、記録紙送りの立上りの検定結果が利用できるからである。したがって、円弧補正は、立上り補正の前に行なっておく必要がある。
時間間隔補正と記録紙送りの立上り補正の順序関係は、両者が記録の異なった部分を対象としているので交換可能である。
区分的ゼロ線補正は、一本の波形の数字化のためのコピーが2枚以上にわたる場合には、2枚目以後の部分についても、円弧書きペンの片寄りの影響を、円弧補正によって除くことができるように、円弧補正の前に行なう必要がある。
最後に、固定線補正と区分的ゼロ線補正の順序関係を考える。区分的ゼロ線補正の方法が7.3 区分的ゼロ線補正で説明するように、波形に含まれる低振動数成分が、補正結果に悪影響を及ぼす方法であるので、固定線補正を先に行なって、低振動数の誤差を除いておく必要がある。
以上の考察から、SMAC-B2強震計の記録の場合の補正は、次の通りとする。
1. 固定線補正
2. 区分的ゼロ線補正
3. 円弧補正
4. 記録紙送りの立上り補正
5. 時間間隔補正
6. 計器特性補正
7. フィルタリング
(刀ァ ERS強震計の記録の補正の順序
時間間隔補正、計器特性補正、フィルタリングの順序関係については、既にSMAC-B2強震計の記録の補正の順序で検討したとおりである。また、固定線補正の区分的ゼロ線補正との順序関係についても既に述べた。
平滑化の位置について考える。平滑化に先立って、区分的ゼロ線補正を行なって、数字化のために分割した区間の接続点における不連続性を取除いておく必要がある。不連続点があると、平滑化のためのフィルタの適当でない応答が発生するため、不連続点付近の波形をゆがめる恐れがあるためである。一方、平滑化は時間間隔補正の前に行なうことにより、補間によって0.01秒間隔のデータにまびくことによって、50Hz以上の成分が、見かけ上50Hz以下の振動数成分の形をとって誤差として入り込むのを防ぐことができる。
以上の考察から、ERS強震計の記録の補正の順序は次のとおりとする。
1. 固定線補正
2. 区分的ゼロ線補正
3. 平滑化
4. 時間間隔補正
5. 計器特性補正
6. フィルタリング
図-7.1〜図-7.2にSMAC-B2強震計の記録と、ERS強震計の記録の補正の流れを示す。図-7.1には、計器特性補正の前の段階までの補正プロセスを1次補正と名付けて示した。図-7.2には,計器特性補正及びフィルタリングを中心としたプロセスを2次補正と名付けて示した。
図-7.1 一次補正のプロセス
図-7.2 二次補正と積分のプロセス
(1) 補正の目的
記録紙の蛇行や,数字化装置のアーム蛇行,記録紙のセッティングにおいて発生する記録紙全体の微小な回転の誤差を取除くことを目的とする。
記録紙の蛇行などの誤差は大まかに言えば低振動数の誤差であるから,その大部分はフィルタリングにより取除くことができる。それにもかかわらず,固定線のデータを利用して補正するのは,次にあげるいくつかの理由による。
刀H 記録紙の蛇行は,数字化のために分割した区間の両端においては,見かけ上やや高い振動数成分を含む。これは,既に説明したように,記録紙のセッティングが,記録紙の蛇行に沿って行なわれるからである。視覚的な表現を使えば,もとのなめらかな蛇行の成分が,区間の接続点で折り曲げられるためこの析曲がった部分の蛇行の成分は,なめらかな成分のみを取除くフィルタリングでは取除けないのである。
刀ァ 記録紙のセッティングにおいて発生する区間ごとの微小な回転の誤差は,区間端部分において高振動数成分を優勢に含むので,低振動数成分のみを取除くフィルタリングによっては,完全に補正できない。
唐H 区分的ゼロ線補正においては,補正前のデータに含まれる低振動数成分が,数字化のために分割した区間ごとのドリフト(区間ごとに一定値をとる誤差)のみによって構成されているものと仮定して補正を行なう。したがって,あらかじめ区間ごとに蛇行のような低振動数の誤差を取除いておく必要がある。
唐ァ 低振動数成分を取除くフィルタリングのうち,後に説明するパラメタ付きフィルタによるフィルタリングでは,フィルタリングを行なう前のデータの低振動数成分に含まれる誤差が,記録紙の蛇行や区間ごと回転を含まない方が,パラメタの決定が適正に行なわれる。したがって,あらかじめ固定線により補正を行なっておくことが望ましい。
ここにあげた理由のうち,唐Hと唐ァは,これから説明する一連の補正方法が一体となって行なわれて,はじめてその効果を発揮することの一つの例として見ることもできる。
図-7.3に固定線の数字化の結果の例を示す。簡単な試算によってもわかるように,この例のような大きさの蛇行を含む加速度波形を積分して変位波を求めようとすると,この蛇行の成分が非常に大きな影響を与える。したがって,一般に蛇行の大きさの程度はこの例から見て,補正を行なうに値する大きさであると考えられる。
図-7.3 固定線の数字化の例(S-252)
(2) 補正の方法
補正の方法の概要は,次のとおりである。
1.記録の数字化において,同じセッティングの状態で地震波形と固定線とを数字化する。
2.固定線を平滑化する。
3.地震波形の数値から,平滑化された固定線の数値を引く。
以下に,SMAC-B2強震計の記録の場合と,ERS強震計の記録の場合に分けて,補正の詳細を説明する。
(刀H SMAC-B2強震計の記録の補正
SMAC-B2強震計の記録には固定線が2本挿入されている。この固定線を描くペンの位置と,地震波形を描くペンの位置とは,記録紙の送りの方向に4〜8mm程度ずれている。(固定線のペンの位置の方が,記録紙の送られる方向にずれている。)
記録紙の蛇行は,記録紙の全体的な動き(記録紙送りと直角方向への動き)により発生すると思われるので,波形の数値から引くべき固定線の数値は,ペンの位置のずれを考慮して波形の数値に対応させる必要がある。一方,コピー作製時の振幅方向へのせん断変形のようなひずみや,数字化装置のアームの蛇行の誤差を除くためには,同一のX座標を持つデータを対応させる必要がある。ただし,アームの蛇行は先に述べたとおり,ほとんどないことが確認されている。
記録紙の蛇行の大きさとコピー作製時の振幅方向へのせん断変形の大きさの関係は必ずしも明らかではないが,ここでは,記録紙の蛇行を重視し,ペンの位置のずれを考慮して対応関係を定めるものとした。
固定線は,波形と同じく0.1mm間隔(0.01秒に相当)で数字化を行なう,しかし,6.記録の数字化とその精度において検討した例からもわかるように約0.2Hz以上の成分は数字化の誤差の占める割合が多いので,高い振動数成分は,平滑化により取除くこととした。固定線の平滑化は,時間領域で,次のような重み関数による移動平均により行なうこととした。
・・・ (7-1)
ここに、
記録紙上には3本の地震波形にはさまれるように2本の固定線が描かれているが,記録紙上の両端にある2成分(水平成分)の波形を補正するための固定線は,それぞれの成分に最も近い固定線とした。また,中央に描かれる成分(上下成分)の波形を補正するための固定線は,2本の固定線の平均値とした。これは,記録紙の部分的なひずみの影響を可能なかぎり取除くことをねらったためである(図-6.1参照)。
(刀ァ ERS強震計の記録の補正
ERS強震計の記録には,固定線が振幅方向に2mm間隔で記録紙一面に描かれている。オシログラフの記録紙は,SMAC-B2強震計の記録紙よりも部分的な変形に対して強いので,ほぼ中央にある1本の固定線を数字化する。ERS強震計のオシログラフでは,固定線と波形を描く光線の記録紙上の像は,波形の像の方が約5mm記録紙送りの方向に進んでいる。そこで,SMAC-B2強震計の記録の補正と同じく,このずれを考慮して,波形と固定線の数字化を行い,両者を対応させる。
固定線の数字化間隔は,加速度波形の場合と同じく,0.1mm間隔とする。数字化の後,SMAC-B2強震計の記録の固定線の場合と同様にして,平滑化を行なう。最後に,この平滑化された固定線の数値を,加速度波形の数値から引くことにより補正を行なう。
7.3 区分的ゼロ線補正
(1) 補正の目的
数字化装置のY軸のゼロ点の設定の誤差を取除くことを目的とする。Y軸のゼロ点の設定の誤差は,数字化のために分割されてできた区間ごとに独立にはいる。したがって,全体としては,区分的に一定値をとる段階状の誤差となる。この誤差を補正するという意味で,区分的ゼロ線補正という名称をつけた。
このような階段状の誤差は低い振動数の成分だけを取り去るようなフィルタをかけても,階段のカドの部分が残されてしまう。特に,フィルタをかけた後に積分を行なう場合には,このカドの部分の影響が著しい。したがって,最終的にフィルタにより低振動数成分を除くとしても,あらかじめY軸のゼロ点の設定の誤差の値を推定して取除いておくことが必要である。
(2) 補正の方法
ここでは,真の加速度波形をほぼ無限に近い長さで考えた時のその平均値がゼロであるものと仮定して補正を行なう。この仮定は,例えば震源となった断層近くの点の加速度波形については当てはまらないが,このような場合を除けば,おおむね妥当であると思われる。
Y軸のゼロ点の設定の誤差は,全体としては階段状の誤差であり,低振動数成分の含まれる割合が大きい。そこで,固定線補正後のデータに含まれる低振動数成分を考える。低振動数成分としては,この場合数字化のために分割した区間の長さの程度か,それ以上の周期の成分を考えるものとする。すなわち,SMAC-B2強震計の記録又はERS-B強震計の記録の場合約30秒以上,ERS-C強震計の記録の場合,約15秒以上の周期の成分である。この程度の低振動数成分を構成するものは,Y軸のゼロ点の設定の誤差の他に,地震波形の一部と波形のトレースにおける誤差の一部が含まれる。ここでは,この程度の低振動数成分が,すべてY軸のゼロ点設定の誤差により成るものと仮定してY軸のゼロ点の設定の誤差の値を推定する。
低振動数成分のみを取出すような操作は,適当な重みつきの移動平均により行なうことができる。移動平均の平均幅をちょうど数字化のために分割した区間の長さにとれば,移動平均の後に得られた波形で,この区間の中央の点の値は他の区間のデータとは無関係に定まる。したがって,この移動平均により得られる低振動数成分が,すべてY軸のゼロ点の設定の誤差により成るものと仮定すれば,移動平均後の波形で各区間の中央の点の値とY軸の設定の誤差の値とは,一対一に対応する。さらに,この移動平均後の区間中央の点の値が,実はY軸の設定の誤差に値に一致することが言える。このことは,無限の長さの定数値関数と,ある区間で同じ定数値をとり,その他の領域ではゼロであるような関数とを考えてみるとわかりやすい。前者は0Hzの成分のみを持つ関数だから,重みつき移動平均をしても同じ定数値の関数となる。ところが,後者の重みつき平均で求めた区間中央の点の値は,前者の任意の点における重みつき平均値と同じ値である。したがって,先に述べたことが言えた。
以上の考察から,補正の方法としては,各区間について区間内の各データに適当な重みをつけた平均を行ない,この平均値を対応する区間の全データから引くことにより行なう。重み関数は,仮にこれを移動平均の重みとして使った時に,できるだけ低い振動数成分しか通さないものが望ましい。これは先の考察からわかるように地震加速度波形に含まれる低振動数成分やトレースの誤差の低振動数の成分が,Y軸のゼロ点の設定の誤差の値の推定を妨げるのを防ぐためである。ここでは,重み関数として次のような関数を使うこととした。
・・・ (7-2)
ここに、
α=20/T2
T:数字化のために分割した区間の長さ(sec)
重み関数w(t)で,第一の式の定義域をすべての実数とした関数のフーリエ変換は,
Y軸のゼロ点の誤差の推定を妨げるものは,トレースの誤差の低振動数部分と,地震加速度波形の低振動数の部分である。このうち,トレースの誤差は,6.記録の数字化とその精度において検討した例では,SMAC-B2強震計の記録の例では,0.08Hz以下の成分の大きさが,0.03gal,ERS-C強震計の記録の例では,0.16Hz以下の成分の大きさが,0.14galと0.22galであった。
ただし,ERS-C強震計の感度は,この例では10gal/mmである。したがって,区分的ゼロ線補正によって補正することのできない誤差は,少なくともこの程度はあるものと推定される。他方,地震波形に含まれる低振動数成分の大きさは,一般には地震波形ごとに異なる。しかし,地震加速度波形に含まれる低振動数のスペクトルのパターンがおおむね同じであれば,地震波形の振動数成分の大きさに対して補正できないで残される誤差の相対的な大きさは,ほぼ一定である。
(4) 他の補正方法との比較
先に述べた補正方法に対し,もう一つの有力な方法を考えてみる。この方法は,まず,区間ごとに数字化されたデータを,互いに接する区間端のデータを等しくするようにして接続し,最後に,全体の重みつき平均値をゼロとする方法である。接続点が波形のピークになるように数字化区間を定めれば,接続における誤差は波形のトレースにおける誤差のみとなる。
波形のトレースにおける誤差の平均的な大きさは,6.記録の数字化とその精度において述べたように,SMAC-B2強震計の記録の場合は,約2gal,ERS強震計の場合は,強震計の感度をpgal/mmとして,約0.3 pgalである。したがって,固定線補正後のデータに含まれる低振動数成分が,この程度の大きさよりも大きい場合には,ここに比較のため述べた方法の方が接続における誤差が小さいと言える。しかし,地震波形,特に地盤の振動波形に含まれる低振動数成分(数字化のために分割した長さ以上の周期の成分)が,この程度に優勢に含まれる場合がどの程度あるかは明らかでない。
(5) 補正の例
簡単のため,正弦波について,既に説明した区分的ゼロ線補正によって補正した場合と,区間ごとの平均値をゼロとするように補正した場合との結果を示しておく。この例は,正弦波を地震計で記録しその記録を数字化したものについて補正を行なったのではなく,計算機により発生した正しい正弦波の数値を補正の対象とした。 したがって,数字化された数値への適用例としては適当ではないが,数字化のため分割した区間ごとの(単純な)平均値をゼロとして補正したものと比べて,ここに述べた区間ごとの重みつき平均値をゼロとして補正したものがどの程度異なるかを示して,この補正法の理解の助けとすることをねらった。
正弦波は,振幅100gal,振動数5Hzのもので,データ間隔は,0.01秒,全長5000データ(50秒)とした。このデータを2つの区間に分け,第一区間ははじめから2510データまでとし,第二区間が2511データから5000データまでとした。
区間ごとの平均値は,第1区間が0.252gal,第2区間が-0.254galであった。また,区間ごとの重みつき平均値は,第1区間が0.004gal,第2区間が-0.005galであった。真のゼロ線は,今の場合ゼロからなる直線であるから,それぞれ今述べた値が,区分的ゼロ線において発生する誤差の大きさに相当する。図-7.5(a)に各区間の平均値をゼロとするように補正した加速度を示した。 図-7.5(b)にはここで提案した重みつき平均値をゼロとする方法で補正した加速度波形を示した。ただし,図を見やすくするため,正弦波の全長50秒のうち,はじめの15秒とおわりの15秒は除いて示した。
したがって区間のつなぎ目は,これらの図においては,10.1秒である。これらの図を見た限りでは,両者の相違は区別できないと思われる。次に,これら2つの補正加速度から8.速度波形および変位波形の求め方において説明する固定フィルタ法を使って求めた変位波形を,それぞれ図-7.6(a)及び図-7.6(b)に示した。ただし,積分においては,ゼロ区間を加えないで周波数領域で計算している。これらの図では,やはりはじめの15秒とおわりの15秒を除いて示したので,区間の接続点は,これらの図では10.1秒である。図-7.6(a)においては区間のつなぎ目で,フィルタの応答が発生し,正しい変位波は求められていないのに対し,ここに提案した方法による補正加速度から求めた変位波形では,フィルタの応答はこの図からはほとんど認められず,ほぼ正しい変位波形が求められている。